The frog in the well knows nothing of the great ocean.
ブリストル大学に、自分の専攻とは全く関係なく、プライベートの方で色々とお世話になった日本人教授がいらっしゃるのですが、その方もブログで書いていて「確かに!」と思うことがあったので…
日本人はリスニング&スピーキングは駄目だけど、読むのはまぁ何とかいけるよねという固定観念みたいなものがあると思うのですが、これ多分間違っていますよね…。もう少し正確に言うと、間違っていると捉えた方がこれからもっと伸びる可能性が生まれてくると思うのです。「俺たちはリーディングはできてるよな」と思った段階でそれ以上の伸びしろがありませんからね。
これ、早く大学入試から和訳問題が消えてくれたら結構スピーディーに解決していく問題なのかもしれませんが、大人で今英語を勉強されている方の中にもやはり「精読」に対する強い信奉者がいまして、これは私も実際にそうだったので非常によくわかるのですが、ここにとらわれている限り、リーディングにおける飛躍的な向上はあまり望めないかな、というのが最近の私の考えです。
今の子たちに話すと「誰それ?」という反応が返ってくるのですが、私の世代の方であれば駿台の伊藤和夫先生と聞くと「あー」と頷かれる方が多いのではないかと思うのですが、あの教育を受けてきて、そして英語がそれなりにできる人の中には依然として精読に対する信頼は厚いようです。
ところが実際にそれで生徒を指導してみると、なかなかそれだけでは飛躍的なリーディングの向上を見せない生徒も結構いるわけです。結局入試までに間に合わずタイムオーバーとなったまま大学生になったり、あるいはもちろん入試は英語だけではないので、他教科でがんばって合格していくというようなこともあって、あまりその辺の検証がなされていない気がするのですが、まぁ一言で言うと、翻訳型のリーディング指導をやっていてはいつまでたっても翻訳はできても英語で情報をとっていく力と言うのは身に付かないわけです。
このあたり、精読における正確さにはややあやうさは残るものの、英語で情報を短時間に取ろうとする力は私の偏見かもしれませんが、中国人の方が圧倒的に高いような気がします。なぜか?それは中国ではそういう教育がなされているからだというのが彼らの感想です。
こういうことを言い出すとどんどん脱線してくるのですが、日本ではまだマスコミの意図的な操作なのかどうか分かりませんが、日本の技術力を賛美する声や、技術立国としての日本はまだまだ世界をリードしているといったような「俺たちまだまだいけてるぜ」的風潮があると思うんですが、これだけネットが進歩してくると日本のマスコミではあまり報道されないようなことでも意識すればいくらでも情報は拾えるわけで、実際にここ最近中国を訪れた人が、中国はここ数年でガラッと変わってきていることに驚いた(まぁ端的に言うと無茶苦茶きれいになってる!ということですね)というような話だったり、あるいはもっとわかりやすい数字で見ると、実際に大学の世界ランキングを見ていてもここ最近、中国の大学が日本の大学の遥か上を行ってるとか…数年前とは明らかに異なる事態がいろいろと出てきているのが最近だったりしたもので、これはあまり軽視できないんじゃないかなと思うわけです。
かつての日本がそうであったように、他国の良いところはどんどん真似て吸収していけばいいのになと思うのですが…。
なんかあまりまとまってないですね(^_^;)。すみません、ブログなもので。まぁ無理やりまとめると、リーディング力ってあまり精読にこだわらないでやる方が意外と伸びるかもよ!?ということが言いたかっただけでして・・・。そんなことを考えつつ毎回の授業に色々と手を加えていっている今日このごろです。
このテーマ、また書きたいと思います。